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マザー・メアリーファイナルカウントコンサート [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

ファイナルカウントコンサートの前月、

いろんな所に出演した、マザー・メアリー。

NHKFMのラジオ5回

(これは、当時、土曜日に、地元放送局の公開生放送番組で、FMリクエストアワーという番組で、

1回は、シオンのサポートで公開録音。)

学園祭、

俺コン(俺達のコンサート)。

そして、あの、12月23日が、やってきました。

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会場の電力ホールがある、電力ビルには、長蛇の列が。

実を言うと、この時が、大きいホールでコンサートを聞きに行ったのが、最初だったんです。

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コンサートで、

「明日は、イヴ。ということは、今日は、イヴイヴだね。

でも、僕らには、お金がないから、飴で、許してね。」と、

会場にいるみんなに、ステージから、プレゼントをくれました。

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アンコールに歌った「アクセス」は、ステージという垣根が、

なくなり、客席と一体となって、みんなで、合唱。

忘れられないコンサートでした。


アクセス~通り過ぎた夜に~/最後の街角 [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

1986年11月に、発売された自主制作のシングル

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もちろん、僕も買いました。

そして、今でも大切にしているレコードです。

※掲載許可済

この、アクセスが、後に、セカンドアルバム「Objet」の最後の曲に、

タイトル歌詞を変えて収録されます。

アクセスと、最後の街角の歌詞。

印刷ミスがあり、修正の紙も入ってました。

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※掲載許可済


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地元新聞記事 [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

 プロへの夢かける

マザー・メアリー来月コンサート

在仙のアマチュアバンド「マザー・メアリー」が12月23日、

仙台市の電力ホールでプロへの夢をかけたコンサートを開く。

アマチュアバンドによる大ホールでのコンサートは八年前、

ハウンド・ドッグの例はあるが非常に珍しい。

マザー・メアリーの意気込みは仙台の音楽界にも刺激を与えそうだ。

本格的な活動再開は九月七日、同市内で開いたライヴで、

今月には初めて自主制作のシングルレコード

アクセス/通り過ぎた夜に」をだした。

同コンサートには何社かのレコード会社関係者を招き、

プロとしての可能性を問う。

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地元新聞「河北新報」より


EAZY・ON [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

「EAZY・ON」 これは、当時、仙台レコードショップで、発行していた、

アマチュアバンド応援雑誌です。

その中に、マザーメアリーの記事が、ありました。

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「あのマザーメアリーが自主制作シングルを発売!」

 マザーメアリーが、自主制作のシングル

 『アクセス~通り過ぎた夜に~/最後の街角』を出した。

    中略

 また12月23日、アマチュアながら、電力ホールでワンマンコンサート

 行うことでも話題を集めている。

 それに追いうちをかける様に今回のシングル発売。

 東京、ビクターの青山レコーディングスタジオで、一泊四日の変則スケジュールで

 録音したというこのシングル。

 何故レコードを出したのか、Drの槻田君にしてみたところ、

 「12月23日のコンサートの宣伝用、というのが大きな理由ですね。

  ラジオに出て話すより、レコードを聞いてもらった方が、マザーメアリー

  の音楽というものが理解出来ると思うんです。と語ってくれた。


ミスティナイト [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

マザーメアリー時代の音源。

これも、「Opening Act」に、“リムジンより優しく”として、入っていますが、

歌詞が、違います。

*掲載許可済


〝X〟モーション [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

マザーメアリー時代の音源。

プロデビューアルバム「Opening Act」にも、入っている曲だが、

歌詞が、違います。

*掲載許可済


ファイナルカウントLIVE1 [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

1986年9月7日 日曜日、

マザーメアリーの“ファイナルカウントLIVE1”へ行くために、

ファッションビル FORUSの7F、

モーニングムーンスタジオ(今は、このスタジオは、ありません。)へ。

会場の15:30より、だいぶ早く行ったので、中をぶらぶら。

当時、そのモーニングムーンスタジオの脇に、

グッズ売り場(アマチュアミュージシャンのレコードカセットを売ってました。)

があって、そこで、マザーメアリーのTシャツも販売してたんで、購入。

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本当は、自主制作カセットも、欲しかったんですが、

もうすでに、完売してしまった後だったんで、買えませんでした。

気づくと、スタジオ前には、長蛇の列。

僕も、並んで、会場、スタジオ入り。

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ライヴが、始まると、会場は、総立ち状態。

曲と曲の間では、メンバーの名前を呼び声が飛び交っていました。

歌っていた曲は、覚えていませんが、

〝X〟モーション、ミスティナイト、One Way Love、

スウィート・ラバー・シンフォニーなどを、熱唱したと思います。

 

 


千葉一弘さん(RightStuff、MOTHERMARY)との出会い [マザーメアリー、ライトスタッフ、そしてソロへ]

千葉さんを、初めて見たのは、僕が高校生の時。

仙台七夕の期間中、勾当台公園の野外音楽堂でやっていた、

地元ラジオ局主催の音楽イベント

「夕涼みコンサート」(現、STARLIGHT EXPROSION)。

この、コンサートに、

アマチュアバンド“MOTHERMARY”のヴォーカルで、出ていたのを、

後のライヴで、知りました。

この時は、ただ、「かっこい~バンドだなぁ~」と思ってました。

記憶が合っていれば、

この「夕涼みコンサート」当時の“MOTHERMARY”の服装は、

黒のGパンに、黒のタンクトップだったと思います。

この格好が、格好良かったのを、覚えています。

この「夕涼みコンサート」の時に、1枚のチラシをもらいました。

そのチラシには、

“マザーメアリーファイナルカウントLIVE1”と、書いてありました。

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曲が格好良かったんで、また、聞いてみたいと思って、

チラシのライヴに行くことにしました。

これが、千葉一弘さんとの出会いです。

 

 

 

 


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